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日々に思うこと
創作に関する裏話、アンドお勧め作品紹介など。基本的にバーリトゥードゥでNHB(ノーホールドバード)な日記。
フィクサーソード23
「まったくもう、なんなんですか、あの男。強すぎて、歯が立たないじゃありませんか」
「それは私に言っても仕方がないよ。クロッカスより年上だし、男だし、ジャッジメントだし、性悪だもん」

 私はたしなめるように言うくらいでは怒りは収まりそうにない。
 ティーカップを叩き付けるように億歳は少し配慮が働いたらしくて、ソーサーが僅かに音を立てていたけどそこは友達として見逃し置こうと思う。

「模擬戦闘も、互いの手持ちの部隊では勝負になりませんわ」
「その後、新規兵同士でやりあったときもボロボロだったけどね」
「あ、あれはその、勝手が分からなくて上手くできなかったからですわ」
「条件はソードも同じでしょ?」

 私が完膚なきまでに逃げ道をふさぐと、クロッカスは涙目になって頬を膨らませていた。いや、猛その都市になってその怒り方はどうかと思うんだけど……。

「もうもう、アルムートはどちらの味方なんですか!」
「うえぇー? どっちも一応味方なんだけど、それじゃ駄目?」

 あれかなぁ、こういう臣下間の不協和音を取り除くのも王様になったら気を配らなきゃいけないもんなのかしら。

「ああ、しばらく見ないうちにアルムートは変わってしまったようですわ」
「あのねぇ、昨日会ったばっかりでそれはないでしょ。意外と滅茶苦茶言ってくるね、クロッカスは」

 よよよと泣きまねをするクロッカスに私は苦笑いをする。所見で見たときより肩の力を抜いてくれているのか、クロッカスは見た目と違っていい性格をしてそうだ。昨日までは、かすかにソードに関する不信感があったけど、今は言葉の中に認めているといった節が感じられた。
 この二人が今明確な私の味方だからというわけではなく、それを抜きにして皆で上手く矢って生きたいなと思うのは贅沢だろうか。

 指揮者、剣士として、自らのはるか上を行く相手を認めないほどクロッカスの見識は狭くない。これはありがたい誤算だった。いや家を二つに割って片方を指揮する立場に立ったのならば、ある程度人物としての器があると考えるべきだったかなぁ。

「……ねぇ、クロッカス」
「うん、何ですの、そんな改まった顔をして」
「戦端が開かれて、自国の兵同士が潰しあうのをどう思う?」

 私が率直に今の状況について問うと、クロッカスはふぅとため息をついて真剣な表情になる。

「率直に言えば、気分いいわけありませんわ。貴族の殿方は、取り決められた領土を増やすために他国へ侵攻できない昨今の事情から、この内乱をかてにのし上がろうとする部分があるのでもろ手を上げて賛成している不埒なやからもいますが、私は迷惑としかいいようがありませんわ」

 ここで一息つくためか、それとも私の反応によってはこのくらいで済ませるつもりなのか、一旦クロッカスは言葉の刃を収めた。

「続けていいよ」

 私が、平静を装って続きを促すとクロッカスは伏せ目がちにそれでも言葉ははっきりと通るように口を開く。

「ヴォルフラム大公……簒奪の王・ヴォルフラムと言うべきかは此の際横に置いて、あの男は正規兵だけではなく、周辺の支配下にある町村から若い労働力を吸い上げて、前線に送り込む気配を見せているというではありませんか。戦略的にはこちらもそうせざるを得ない事を考えれば、この戦争で割を食うのは民ですわ」

 だよねぇ、これが正しい騎士の意見と言う奴だろう。
 私はクロッカスの瞳を真っ直ぐに見て、頭を下げる。

「ありがとう。正直な意見が聞けて本当に嬉しい」
「ちょ、ちょっと頭を上げてくださいまし。今のはあなたに対して……」
「それを踏まえたうえでのことばでしょ。後々禍根を残すって遠慮する人もいると考えたら、本音を言ってくれる人のほうがどれだけありがたいか分からないわ」

 公式の場において主を練言とはいえ罵倒するのであれば、体面上処罰は免れないことが多い。私的な場であっても、それがどのような方向で帰ってくるかを考えたら、余り相手を不快にさせる意見は言わないだろう。
 出会って、そこまで日数はたってないけど、クロッカスは本当に私の友達になってくれたのかもしれない。

「話したかったのは、その民兵に関することなの。集められた兵を指揮するのは当然ボッシュ男爵の手持ちの騎士と凍結騎士団から出る事になってるわ。その際、ちょっとした細工をしようかと思ってるんだけど、それについて事前にクロッカスに承諾が欲しくて」
「ふふ、まぁ、ある程度わかりますわ。どうせ、副指揮官にソードの部下たちがつくのを許して欲しいとか言う話ではありませんこと?」

 私はこの時、驚いて眼を見開いていたと思う。
 その驚き振りが気に食わなかったのか、クロッカスは口を尖らせていた。

「何ですの、その驚き方は。まるで、私が何も気づかない馬鹿じゃないと思ったという顔ですわ」
「あ、いやいや、そんな事はないよ。でも、どうしてわかったの?」
「ソード殿が私との模擬戦闘を軽々しく承諾したからですわ。あの男はいつかアルムートが私に切り出さなければならなくなったときに、実力を理由に断る口実を潰す為にやりあってみせたとしか考えられませんもの」

 な、なるほどっ。
 ここで断ったら、目の曇った騎士と散々に罵倒されるから断れないという事ね。
 うへぇぇー、何で嬉々として決闘を受け入れたか今になってわかった。ありがたいんだけど、苦手意識だけが増大していきそうで、どうにかして欲しい。
フィクサーソード22
 結果というのは時に残酷なものだ。
 薄々予測はついていたにしても、その真実を白日の下にさらすというのは誇り高い彼女にとってさぞかし屈辱的なことだったろう。

 模擬戦の申し出を私にしてきたのは、クロッカスだった。
 たびたび調練に口を出されて鬱憤がたまったのか、原因であるソードを己の腕で叩きのめして、部下の前での面目保とうという目論見だと胸をそらせて宣言してきた。私としては、ソードの強さを見ているだけに、一応引きとめはしたわ。
 でも、クロッカスは部隊の指揮だけでなくその腕前にも相当な自信があるらしく、どうしてもやりたいと押し切られてしまい、ついつい私は許可をしてしまった。

 確かにクロッカスは強かったと思う。
 速さと筋力、共に私よりも数段上だったし、技の切れも目を見張るものもある。でも、それは剣闘という観点から見れば、それなりの実戦を潜り抜けてきたという領域にしか達していなかったように思えた。
 要は、ソードの相手を務めようなどというのは百年早い事だったという事だ。
 最初こそ互いの剣を行き来させてはいたものの、ある時期からクロッカスが防戦一方となり、形勢は逆転ができないほどに決まりつつあった。

 剣を振り回す戦いでは、剣を振り回せば振り回すほど普通疲労困憊になる。だけど、ソードは少しも息を乱してなかったのに対し、クロッカスの方の息は乱れていた。
 一瞬の集中力の乱れ、アルカなしかのその瞬間に、ソードの刀が旋回し、クロッカスの剣を巻き上げた。

 甲高い金属音と共に、持ち手を失った剣が空を舞う。
 巻き上げた刀が、結果を突きつけるためにクロッカスへと振り下ろされる。
 これで、勝負はついたと、場の全てが息をついた。

 鼻っ柱の高さならおおよそどっこいではないかというソードは、クロッカスの咽喉元に刀を突きつけていた。
 私は勝負ありだと、言葉にしようと口を開きかけて僅かに戸惑った。
 既に結果は出ていて、剣を跳ね上げられて丸腰となったクロッカスに反撃する術はない。
 それでも、その勝気な瞳だけは決して屈してはいなかった。

「まだですわ。まだ終わっておりません」
「大したものだ。ここまで完膚なきまでに叩きのめされて尚、諦めないか」

 ソードの声には多少本気の感嘆が混じっていた。二人きりになって今後のことを話す際、どうしてもクロッカスの話に波及するので私は多少なりともソードのクロッカスに対する評価が高くない事を知っている。
 弱小貴族連合の寄せ集めとはいえ、その筆頭に立つだけの器量が不足していると、数日前に辛らつな論評を聞いたばかりだった。

「では、クロッカス様、この間合い、この状況からどうやって逆転してみせますか?」
「当然、こうするつもりですわ」

 クロッカスの笑みに対し、兜の隙間から覗くソードの口が一瞬引き締まるのが見えた。
 クロッカスは自慢の豊かな髪の毛の裏に手を差し込み、抜き放つと同時に何かをソードに投擲にしつつ、自身は後ろへと大きく跳んでいた。
 複数の金属音が、響き私はそちらへと目を走らせる。
 地面に落ちる際に、その小さな刃を宿した投剣をみて、クロッカスのやる気を考えて勝負ありを下す事をちょっとだけ待とうという気になった。

 でも、なんかさっきからこれ見てると明らかに試合形式というよりも……実戦形式に近すぎるような気がするんだけど、気のせいかなぁ。

「さて、これで終わりというわけではありませんことよ」
「ほう、ではもう少しだけお付き合いいたします」

 いつの間にか観客が増え始めていて、私の周りにはなつかしの面子が集まりだしていた。

「よぅ、久しぶりだなアルムート王」

 豪放な笑顔と共に私の頭に気軽に手を乗せてくる大男、ガルハに私は苦笑いを返す。

「あのねぇガルハ、今本当に王様名乗っちゃったからあんまり無礼してるとどうなっても知らないからね」
 それなりに脅しを込めておいたにもかかわらず、気軽に数回頭を触られてまったく気兼ねする様子がなかった。この男に礼儀作法を叩き込むのは、ソードから毒舌を排除するのと同等に難しそうだ。人一人帰られないようで、何が王かという気分にもなるけど、まぁいいかぁ。

「しっかし、さっきから見てたがこんな田舎の騎士にしちゃあ……なんと言うか、随分手癖の悪い闘い方をする嬢ちゃんだなぁ。まぁ、俺は嫌いじゃねぇがね」
「あ、腰から短剣抜いたね。しかも二本」

 クロッカスは両手にそれぞれ短い短剣を持ち、腰を深く沈めていた。まるで獲物に襲い掛かる猫科の動物のようにその構えには凄みがある。
 私は一見してこれこそがクロッカスの得意とする得物であると勘付いた。
 対峙している、ソードもそれに気づいたか兜から覗く口元が苦笑いの形を取っている。

 突っかけたクロッカスにソードは刀を振り下ろしかけて、横に飛ぶ。恐らくただ真正直に刀を振り下ろさなかったのは片手の短剣で受けられてもう片方で切り裂かれるのを警戒したのだろう。
 クロッカスはソードの動きについていこうとして横につられた瞬間、その動きに合わされるように放たれた下段蹴りを足に貰ってしまった。
 足を払われて体を回転させられながらも、一本の短剣をソード目掛けて投げる事でクロッカスは逃れようとした。

 ただ、今日の勝負はここまでとばかりにソードはそれを首を横に動かして避けた後、突き出されかけたもう一本の短剣を弾き飛ばして馬乗りになった。

「はい、勝負あり。二人ともお疲れ様」

 私が裁定を下すと、辺りから感嘆のため息が漏れた。
 ソードの部隊側からすれば、見目のいいクロッカスがこんなになるまで戦うとは予想していなかったからで、クロッカスの部隊側からすればクロッカスを叩きのめしたソードの腕前にズンスイに驚いていたといったところかな。

「と、言うわけだ。結果には満足してくれましたか、クロッカス様」
「ま、まだまだまだまだ、負けたわけではありません! こ、今度は部隊戦で決着をつけてやりますわ!」

 負けず嫌いもここまで来ると病気というかなんと言うか、私は思わず笑ってしまった。
 ちなみに部隊模擬戦闘の結果も、クロッカスの負けだったのは余談になるかな。兵の練度がまるで違いすぎて話にならなかったのよねぇ。そこを始る前から理解してなきゃ、勝てるわけないよクロッカス。
フィクサーソード21
 戦いの報告だけが積み重なっていく日々で、一つの転換期ともいえる出来事が起こった。
 ヴォルフラム大公が正式な王として戴冠式を行ったのだ。血筋としては問題ないけども、こちら側の視点から見れば、私という目の上のたんこぶを残したまま強引に行ったという印象はどうしても拭えないところだった。

 それでも、こちらとしてはその即位を認めるわけにはいかないということを、分かりやすく示す必要があるとボッシュ男爵に告げられた。最初は何の事かと首を傾げてしまったが、対抗策として出てくるものなんか考えればすぐに分かった。

 そんな事は随分と前にソードに告げられていたことだ。
 覚悟なんか当の昔にできていたつもりだったのに、どうしてこんなにも汗が出るのだろう。私は結局上辺だけしか理解をしていなかったのかもしれない。いざその瞬間が訪れようとしたときに、怯んでいるのだから情けない。

「わ、私も王として名乗り出るって事ですか?」
「ええ、一方的に逆臣としての汚名を被せられてはこちらが被るダメージが大きすぎますからな。貴方様に流れる血の確かさはジャッジメントが認めるところ。正式な戴冠式はまたの機会に譲るとして、責めた我が領民に対してだけは貴方の事を披露しておきたいと思っております」

 ボッシュ男爵の言う事はもっともで、一度劣勢になれば跳ね返すのに膨大な力が必要になってくる。生き残るために選んだ道なのだから、ここで否定する事に意味はない。

「今の私で、大丈夫でしょうか?」
「『今』という時間は此の際関係ありませんな。重要なのは『貴方様自身』なのですから」

 私は私なりに、自分の非力を知りぬいているつもりだった。それでも香面と向かって人形でも価値があるといわれるのは結構堪える。私は震える拳を精一杯の力で押し殺して、笑顔でボッシュ団をを見返した。

「分かりました。詳細についてはまた後ほどお伺いできると思いますので、段取りの方はよろしくお願いします」
「かしこまりました女王陛下」

 重々しく告げられるその言葉に目の前が暗くなった。状況に流されるままというのが、今の私にとっては危険であり、どういう態度を取る事が最善なのか頭の中で上手くかたちにならない。足は視線とソードが待つ部屋に向かって速くなっていき、駆け出さなかった事が不思議なくらいだった。

 扉を開けた先で、私がこれでもかというほど動揺しているというのに、いつもどおりに悠然と椅子に座っているソードを見つけたらほっとすると同時に妙にむかついた。私が床を鳴らして近づいていくと、飲んでいた紅茶のカップを置きこちらを見上げてくる。

 ソードは血相を変えてきた私を見ても取り乱す事無く、大きく息を吸った後これ見よがしにため息をついてきた。

「その顔を見ると戴冠式でもやって対抗しようとでも言われたか?」

 この男からすれば十分に予測の範囲内だったらしい。落ち着きを払った小憎らしい振る舞いが頼もしくもあり、憎らしくもある。

「むっ、予想してたなら前もって言ってくれてもいいじゃないの」
「あまったれるな。私も全知全能ではないし、どのタイミングで切り出してくるまでは断言できない。報告を聞いて状況を冷静に鑑みれば、キングも分っていたはずだ」

 分ってるのと、実際その立場になるのとじゃ全然違う。何を今更と首を横に振って馬鹿にしてるけども、この態度はいくらなんでも腹に据えかねる。クロッカスと話し合って用意しておいた対ソード用の武器である扇子で頭をはたこうとしたら、それを読んでいたかのように立ち上がって距離をとられる。

「神輿の飾りにならないためにはどうすればいいの?」

 このまま象徴としてだけ祭り上げられれば、もうあとは人形になる道しか残されていない。ソードは私に機会を見つけて喰らいつけといった。そうすれば私が私として存在できると、そういってくれた子のジャッジメントならば、何か明暗があるのではと期待してしまっていた。

「それを考えるのもキングの仕事だ、といいたいところだが、流石にそれは酷というものか。まず得られる立場の雰囲気をつかんでおいてくれ。必要以上に萎縮せず、また地位に酔うような事がないようにしてくれればいい。キングが表舞台に切り込む隙は私が作る」

 ジャッジメントはあらゆる国の争いを収めるために派遣される『力』と表現される。ソードの事を今までそれらしく意識した事はなかったのだけど、自信を持っていいきられると緊張していたからだが一気に弛緩した。

 何もかもを任せきりにする事を許さない厳しい騎士ではあるけれど、それでもやはり私にはこの人が必要なんだなぁとちょっと悔しくもあった。
 黙って睨みつけていると、なぜかも内度大きくため息をつかれる。

「まったく、手間のかかるキングだ。もっと楽ができるものかと思ったら、ちょっと何か起こったぐらいで泣きべそかきそうになるというのは……勘弁してもらいたいものだ」

 この余計な憎まれ口がなければもっといいのにと思ったりするのは、贅沢なんだろうか?

フィクサーソード20
 神様がいるかどうかといえば、私個人はいないのではないかと思っていた。
神がいるにしてこの世界はあまりにも無慈悲だからだ。弱いものを助けない神様にはに余り意味がないし。

 それでもあの礼拝堂の妙に澄んだ空気を味わうと、やっぱりいるかもしれないという気にさせられるから不思議だ。
 騎士は命のやり取りがある職なだけに信心深い人が多い。命を奪う事の罪深さを悔いるところが多いからというのが、今の私には何となく分かる。

 日常の食事で食卓に出てくるものでも命を奪われて形を変えたものもあるけど、やはり同じ人間を殺めてしまうとその重圧というのは思った以上に精神を苛む。祈る事で許しを得ていると自分を納得させ、明日もまた剣を取る事ができるのならば、王としてこれほど都合のよいことはない。

 本格的な戦いが始った。
 はっきりと両陣営に分かれて、互いの存亡をかけて戦う大内乱に発展した戦いは私か大公が倒れるまで戦う不毛な争いだ。自分の命惜しさに戦うことを選択してしまった事が、どれだけ負担になるかというのを実感したのは、この頃からだった。

 頭ではわかっているのに、上手く心が納得していないのか不意に憂鬱になることがあった。偶々その場面をソードに見咎められて、それならば祈ってみてはどうかと薦められたのが礼拝堂へ通う日課へとつながった。

 私には自由になる時間が少ない為、祈りに割ける暇はあまりない。
 合理的に考えれば無駄でしかないのかもしれないけど、祈りをささげている間は少しだけ心が軽くなった。ソードからすればこの重りのような感覚を飼いならし、有用に活用できるように願っていますとの事だけど、この感覚を有用に使うって具体的にどうしろって言うのかな。

「まっていましたわ、アルムート様」

 そういう私にとっての憩いの時間場所だというのに、そこには先客がいた。
 金色のたて巻きロールが特徴的で、朝の光が所々降り注いでいる礼拝堂では恐ろしく絵になっている。出陣前の女騎士、見たものに思わず息をつかせる荘厳さがそこにはある。

「おはようございます、クロッカス様。今日は珍しくお祈りですか?」

 クロッカス様はあのソードといがみ合った日にボッシュ男爵と面談し、どうやらこちらの陣営につく気になったようだった。クロッカス様は勿論、お供の騎士数人がその日から屋敷の一部を与えられて仮住まいをしている。
 ただ、全ての騎士団をこちら側につけるという判断を下したわけではなく、どうも大公側にもガクセル家の騎士がついたという報告が上がっていた。

「ええ、アルムート様の勝利を祈願しておりました」

 優雅な一礼と共に告げられるお世辞には一瞬悪意のようなものが感じられたが、笑みを返す事ぐらいはできた。まぁ、私に対して悪意を抱くというのは存外分からなくもないからだ。

 どちらの陣営にも子供を送り込むというのはやはり気持ちのいいものではない。男爵戸外の岸の陰口の酷さは私も伝え聞いていた。クロッカスさんはそういうのに体制がなさそうだから、多少イラついてしまうのも仕方がないと分かっている。

 今の状況でどちらの陣営が勝つか、判断が難しいという結論だったからそういう手が使われるのだろうとソードは言っていた。この措置は大きな手柄と相殺してしまうかもしれないが、家の存続を考えれば妥当なものらしい。

「ありがとうございます。しかし、このお時間にわざわざ礼拝堂にいらっしゃったということは私に何か御用があるのでしょうか?」

 この時間帯は騎士団の軍事訓練が行われているはずなので、本来ならばここにいるはずがないのだ。それでもこの時間t内にここにいるということは、私に何かしらいいたいことがあるからだ。
 クロッカス様はこちらを値踏みするように一瞬目を細めて、唇の端を釣り上げる。

「そう構えないでいただけますか? どうしても聞いておきたいことがあってこうして参上した無礼お許しくださいませ」

 声に不快の感情を込めたつもりはないのだけど、クロッカス様は一歩退いた態度で恭しくもう一度頭を下げてくる。でもちょっと頬が引きつっていたのがなぜか分ってしまった。私が逆の立場だったら、下級騎士の娘がいきなり王になろうと立ち上がって自分の上に立ったらきついだろうから、これは見なかったことにしよう。

 けども、こうやって堅苦しい挨拶ばっかりしてたら話がしづらい。ここはこちらから態度を崩して歩み寄ってみるのも手かな。

「あー、ごめんごめん。私こういう堅苦しい腹の探り合いって苦手で、ここ今私達しかいないし、もっと対等な口調で話そう。ここでは敬称をつけずにアルムートで大丈夫だから」

 立場上へりくだるわけには行かないし、かといって変に威張り散らすのも趣味ではない。私はそういうつもりで発言したのにクロッカス様は目を丸くしていた。それでも衝撃から立ち直ったクロッカス様は、それなりに順応能力が高いのか雰囲気ががらりと変わる。

「それでは遠慮なく、アルムートと呼ばせていただきますわ。私の事も同様にクロッカスでお願いできます?」

 おや、意外に話の分かる人なのかなぁ。
 今度は私が意外そうな顔をしたのがわかったか、クロッカスは手の甲を口元にあて笑みを浮かべていた。うわぁ、こういう笑い方する人始めてみたよ。

「ええわかったわ、クロッカス。それで、何の用?」
「率直に聞かせていただきますが、貴方の側にいらっしゃるあの黒騎士、確かソードとかおっしゃる無礼者、何とかならないかと文句をつけにきたのですわ」

 あー、なんか初対面のときの印象最悪そうだったからなぁ。何とかなるなら私も何とかしたいと思うけど、どう考えても無理です。

「えーっとですね。私もつくづくどうにかならないかなぁと思ってるけど、余り突っかかるのはどうかなぁ。あれ、一応ジャッジメントだしさー」
「ジャッジメントでもです。たしかにアルムートを救った功績はあるでしょうけど、少し口出しが過ぎるのですわ。人が訓練していたら、横から愚痴愚痴と嫌みったらしく助言してくるあの傲慢な態度、はらわたが煮えくり返りますわ」
「あー、その助言がまた的確で言い返せないんですよね、わかります」

 ぎろりと音がなりそうな視線が返ってきたが、反論がないところを見ると図星らしい。

「……あの男には何かしら弱みとかありません事?」
「私もね、さんざんっぱら部隊の人間とかに聞き込みしたけど、恐怖で統制されてるのかその辺りの情報がまったく漏れてこなかったのよね。いつかキャンといわせてやりたいのは同じなんだけどさ」

 その後女二人で、ソードに対する悪口で異様に盛り上がった。お祈りする事も忘れて年頃の女の子みたいな時間を過しただけで、なんだかクロッカスとの距離が大幅に縮まった気がする。
 最後に分かれるときなんかがっちり握手まで交わす仲になってしまった。

 ここに反ソード同盟の完成がなったわけである。
フィクサーソード19
「本日はよい報告と悪い報告がありますが、どちらからお聞きになりたいですかな」

 ボッシュ男爵との朝の会話はいつもこういうところから始る。自分で国政を司りたいという野望を胸のうちに秘めているだけあり、やはり一人で対峙していると気おされるところがあった。
 こういう人物とも渡り合えるようにならなければ、自分の命すらも危ういというのはどんな試練だという風に神を罵りたくもなる。ただソードが言うには何事も場数を踏むことですとの事だった。

 経験が圧倒的に足りないだけあり、その言葉は痛いほどよく分かる。それでもやはり立場的に支えてもらっているだけあって強気には出られない。いずれ対等になるには、こちらの力でもってボッシュ男爵を助けなければ難しいだろう。

「それでは、悪い方の知らせから聞きたいですね」

 私は食事の際嫌いなものから片付けていく性分で、だから先に悪い情報を聞くことにした。

「残念ながらアルムート様を玉座につけるという交渉は、ものの見事に決裂しました。条件としてはこちら側がかなり譲歩した形を取ったのですが、いやはや権力にしがみつく輩というのは見苦しいものですな」

 ボッシュ男爵の言葉に私は苦笑いしか返せなかった。男爵からすればこの交渉決裂は予定調和であって、残念も何もあったものではない。私にしてもこの交渉が上手くいったところで、命の保障がない以上ほいほいと王都に向かえるはずもない。
 譲歩案というのは多分どう考えても相手が呑めないような滅茶苦茶な譲歩だったに違いない。勿論それを口にして場を引っ掻き回すような事はしない。

「それでは、いい情報のほうを聞かせていただけますか?」

 交渉が決定的に決裂したって言うのはボッシュ男爵したらめでたい事だし、こっちのほうがいい城南じゃないかと思ったけど、いい情報のほうを聞いてみることにした。

「ほほぅ、まったく動じないところを見るとアルムート様は余り残念ではないようですな。いい方というのは凍結騎士団で大きく力を示しているガクセル家のクロッカス殿が、本日我が陣営へ加わるという知らせですな」

 これには流石に私も反応してしまった。あちらは傍系ながら王家の血を引いており、王都を所有している上に実績もバッチリという大公だからソードが言うほどこちらが有利とは正直期待していなかった。
 私が嫡流であるというのはどうも本当らしいし、ジャッジメントのソードがこちら側についているというのは大きいけども、人によって価値観や判断はそれぞれだから案外嫌な方向へ行くかと見てたけど、そうもそうではないらしい。

「それはよいことですね。できれば大公軍以外がこちらについてくれると闘いも怒らずに澄みそうですけどね」

 私が虫のいい事を言うとボッシュ男爵は豪快に笑って、同意を示してくれた。内心早々上手く行けば苦労はないと思っていたにしても、これぐらいの冗談は受け流してくれるらしい。

 私は朝の報告を兼ねたボッシュ男爵との食事を早めに切り上げて、応接間に待機しているはずのソードの元へと駆け足で向かった。いい情報というのは、多分何よりも今のソードにとっては必要なものだと思うし、別に他意はないのだけど早めに知らせておくに越した事はないのよ、うん。
 応接間の扉を開くと、そこには赤みがかった白銀の鎧を着た女の子がソードに向かって指を突きつけている場面に出くわした。

「少し無礼じゃありませんこと? いくらジャッジメントの方とはいえ、今のは聞き捨てなりませんわ」

「失礼しました。しかし、我が王の事を悪く言うのはいただけない。ガクセル家の力は確かに欲しいが、そのために我が主をないがしろにし、犬のようにへつらう事はできません。クロッカス様が噂にたがわぬ聡明な方であれば、ご理解いただけるかと愚考いたします」

「また後ほどお会いできる機会があればいいのだけど、そう何度も機会はないと思ってくださいな」

 私が扉を開けた先で固まっていると、女の子はわき目も振らずに私の横を早足で通り抜けていった。年の頃はたぶん私と同じくらいに見えたけど、何であんなに怒っていたんだろう。

「おはようございます、キング。今日の調子はいかがですか?」

 何事もなかったかのように優雅な一例で持って誤魔化せるとでも思っているのか、ソードは何時になく丁寧な挨拶をかましてくれる。

「おはよう、それで今のはなんだったのかぐらいは教えてくれてもいいと思うんだけど」

「今日も暑くなりそうで、そろそろ礼法の時間じゃないですかキング」

「今来たばっかりだから。そういうあからさまな話題そらしに引っかからないから、時間稼ぎしてないでさっさと吐いてくれる?」

 争っていた場面を見られていればさすがのソードも歯切れが悪いのか肩をすくめて、私に座るように促すためにいつも話すために座る椅子に腰を下ろす。

「凍結騎士団については、キングの方でもよく知っているだろうが、私のほうでも中身について少々探りを入れさせてもらっていた。凍結騎士団はよく言えば混成部隊、悪く言えば寄せ集めの小貴族連合からなっている騎士団であるというのは分っているとは思う」

「それが今のやり取り何の関係があるっての」

「キングはせっかちだな。慌てる乞食はもらいがすくないという諺もあるくらいですから、焦らないようにどっしり構えて事に当たっていただきたい」

 長い演説、さらには難しい話をするような輩は、相手に理解させないように話を長くしたり難解にしたりするという。その手のやり口に何度もやり込められてきた身として学習しないわけがなかった。

「あのねぇ、時間がないって行ってたのはソードでしょ? 朝は特に礼法とか勉強の時間があるんだから、結論だけ言って、結論」

「仕方ない、単刀直入にいうと今のがその凍結騎士団のなかで小貴族連合の中でももっとも発言力のあるガクセル家の令嬢クロッカス=ガクセルで、彼女は君の器の程を確かめにきていて、舐めた口をきいてきたから諭したまでだ」

 まぁ、私野良王族みたいなものだし舐められるのは仕方がないと思うんだけどね。しかし、ちょっと意外かなぁ。

「ふーん、それでソードは私のために怒ってくれたりしたわけ?」

 なんか、それはそれで、その面映いというか、くすぐったい感じがするんだけど。いやちょっとホントに背中が痒くなるって言うのはこういうのを言うのかしら。

「まぁ、そうだな。キングが舐められるのは今後の事を考えると拙い以上庇わざるを得ないし、当然の事をしたまでだ。あのお嬢様が怒ったのは、図星を指されたからであってキングは今の姿を素直に見てもらえばいい」

 私が必死に笑いをこらえているのを横目にソードは幾分げんなりと言葉を続けていた。

「でもいいの、怒らせてなかった?」

「怒っている風を装っていたが、彼女は自分の立場というものをわかっている。私情に任せて家を安売りしないし、無謀な事もしないだろう。口ではキングの力量を見にきたといっていたが、今日はボッシュ男爵と大公の力量差を見るために訪問しているのが本音だろうから、まぁ支障はないだろう」

 折角急いで持ってきた情報が既に陳腐化しているのにはまいったけど、なんか今日はとても気分がいい。憂鬱な習い事も難なくこなせそうだ。